地図上、世界の原油の 2 割 が、幅 21 海里(約 39 km)の細い水道を通っている。
ホルムズ海峡。東京湾の入口より少し広い程度の海路を、世界経済が依存している。2026 年 3 月、ここで何かが起きるかもしれない、と多くの人が思っていた。
何かが起きた。
2026 年 1 月末:WTI $60/bbl
2026 年 3 月:軍事行動開始、WTI 平均 $91/bbl
2026 年 4 月:WTI 一時 $109、Brent $115 超
2026 年 5 月:WTI $102、Brent $110(停戦観測でやや下落)
IEA(国際エネルギー機関)はこれを 「世界石油市場史上最大の供給途絶」 と評価した。
21 海里の海峡が経済を握る不条理
ホルムズ海峡を通る原油は 世界供給の約 20%。LNG(液化天然ガス)も相当量。アジア向け原油タンカーがほぼすべてここを通る。
イランによる封鎖(機雷敷設・タンカー攻撃)が起きた瞬間、世界の石油サプライチェーンは次のような連鎖反応を起こした:
- ペルシャ湾岸 6 カ国の輸出が大幅減
- アジア向けタンカーが代替ルート(喜望峰経由)に迂回 → 輸送コスト 3-5 倍
- LNG 価格が連動上昇 → 日本・韓国・欧州のエネルギーコスト上昇
- 海上保険料が急騰 → 商品全般の物流コスト上昇
筆者の見立て
これは「世界経済の急所が、面積で言えば東京駅周辺くらいの場所に置かれている」ことの再認識である。
過去 50 年、何度もホルムズ海峡封鎖シナリオは議論されてきた。1980 年代のイラン・イラク戦争、2010 年代のイラン核問題、2019 年のタンカー攻撃事件。そのたびに「これは本当に起きうるリスクだ」と各国は言ってきた。だが、本気で代替ルートを整備した国はほぼなかった。
2026 年、その「いつかは起きる」が起きた。準備していなかった国が、慌てている。
ダラス連銀の試算が示す「Fed の悪夢」
ダラス連邦準備銀行が 2026 年に発表したワーキングペーパー “The Impact of the 2026 Iran War on U.S. Inflation” は、封鎖期間別に米国インフレへの影響を定量化している:
| 封鎖期間 | ヘッドライン PCE への累積影響 | コア PCE への影響 |
|---|---|---|
| 1 四半期 | +1.09pt | +0.36pt |
| 2 四半期 | +1.49pt | +0.46pt |
| 3 四半期 | +1.83pt | +0.53pt |
つまり、封鎖が 9 ヶ月続けば米国インフレ率は 2pt 近く押し上げられる可能性がある。
これが Fed にとって何を意味するか:
- 2026 年初の利下げ織り込み:年内 3 回
- 4 月のイラン情勢悪化後:年内 1 回
- 封鎖が 3 四半期継続なら:利上げ の可能性すら出る
筆者の見立て
これがガンドラックや Drukenmiller が共通して警告してきた「次の景気後退で長期金利が上がる」シナリオの引き金になりうる。
通常、景気後退期には:
- 経済が弱る → Fed が利下げ → 長期金利が下がる → 投資家は債券で守られる
今回の構造は逆だ:
- 供給ショックでインフレが上がる → Fed が利下げできない → 長期金利が下がらない → 景気は悪いのに金利は高い → 株も債券も同時に下がる
これが「スタグフレーション」の現代版である。1970 年代型を経験していない世代にとって、これは未知の相場環境になる。
市場の織り込み変化
ホルムズ封鎖前後の市場予想シフトは劇的だった:
| 指標 | 1 月 | 5 月 | 変化 |
|---|---|---|---|
| Fed 利下げ織り込み(年内) | 3 回 | 1 回 | -2 回 |
| 2 年物 UST 金利 | 3.85% | 4.30% | +45bp |
| 金価格 | $2,800 | $3,200 | +14% |
| ドル指数 | 99 | 102 | +3% |
| S&P 500 | 高値圏 | -7% | 調整 |
特筆すべきは 金とドルが同時に上昇 したこと。通常はトレードオフだが、地政学リスク下では両方が「逃避先」として買われる稀なパターンが出現した。
筆者の見立て
「金とドルが同時に上昇」は、市場参加者が 「とにかく何でもいいから逃げ場が欲しい」 という状態にあるサインだ。
平時なら「ドルが上がる = 金は下がる」の逆相関が機能する(両方とも「安全資産」を取り合う関係だから)。それが同時に上がるとき、市場は「全体のリスクが急に上がった」と感じている。次のフェーズでは、長期化すれば金が独走、ドルが反落、というのが歴史的なパターンだ。
識者の連鎖反応——3 人が同じ方向を見ている
このイラン情勢を受け、複数のマクロ識者が立て続けに警告を発した:
- ガンドラック(DoubleLine):利下げではなく利上げの可能性、米国株にダメージ
- フィッツパトリック(Soros Fund):18-24 ヶ月の痛み、原油高で長期化
- ダリオ(Bridgewater):1970 年代型スタグフレ再現、ドル下落と債務危機
各人の専門領域・時間軸は異なるが、共通シナリオは:
インフレ再加速 → 金利上昇 → 株価下落 → ドル下落
これは過去 40 年で 1-2 回しか出現していない構造である。1973-74 年のオイルショック、1979-80 年の第二次オイルショック、2007-08 年のサブプライム前夜——いずれも、その後の数年で世代を超えて記憶される相場が来た。
次の 3-6 ヶ月、注目すべき指標
| 指標 | 重要度 | 確認頻度 |
|---|---|---|
| OPEC+ 月次レポート(増産動向) | ★★★ | 月次 |
| 米国 EIA 原油在庫週次データ | ★★★ | 週次 |
| ダラス連銀の追跡レポート | ★★ | 四半期 |
| ホルムズ海峡を通るタンカー数 | ★★ | 日次 |
| Brent-WTI スプレッド | ★★ | 日次 |
筆者の見立て
ホルムズ封鎖は、いつ解除されるか不確実だ。だが、仮に近日中に正常化しても影響は数ヶ月残る。サプライチェーンと在庫の調整、消費者期待の修正に時間がかかるためだ。
注目すべきは、米国・サウジ・UAE・カタール・イラクが「OPEC+ 増産で対応」を試みていること。これがどこまで成功するかが、原油価格・インフレ・Fed 政策の三段論法のすべてを決める。
過去 50 年、「ホルムズはいつか封鎖される」と言いながら、世界は備えてこなかった。備えなかった代償は、次の 1-2 年で日本人の家計の食卓と光熱費に届く。これが、地政学リスクの最終的な精算先である。
免責事項:本記事は情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。